短編小説 意味不で意味深な彼女と僕

過去の話



「私は、思うわけですよ。」

唐突に彼女は呟いた。

「何を?」

「私は、まだまだ全然何も知らないんだよ。って」

「そっか、また何で急に?」

「気にしないで、その時になったらまた話すよ。」

「・・・わかった。」

何となく、というか果てしなく素っ気無い会話。

だが、これは創立5日の出来立てカップルの会話なのだ。

だというのに通学途中のこの二つの影は、

ごくごく平常心で学校へと向かっているのである。

それには勿論の事、意味があるのだが。

「私は、思うわけですよ。」

また彼女は呟いた。

「何を?」

「鞄に入ってる水着が重いよ。って」

「・・・僕に持てと?」

「気にしないで、夏だもんね。」

「わかんないよ・・・。」

さっぱりわからなかった。

この世の中わからない事だらけだが、

特に一番わからないのは隣を歩いている彼女の事である。

「私は、思うわけですよ。」

本日三回目の台詞。

「何?」

「どうして人は繰り返すんだろう。って」

「それって、今みたいにって事・・・?」

「夏だもんね。」

「答えになってないよ!」

前言撤回、全然わからなかった。

わかる事は、隣の彼女がうっすらと笑っている事と

今が夏だという事だけ。ついでにセミが煩い事も付け加えておこうか。

こうも暑くてわからない事だらけだと僕の精神が参ってしまうので

過去を振り返って涼んでみることにした。

そもそも、ここに至るまでの道程は―



僕には好きな子がいた。

小さい頃から、ご近所さんということで遊び合い

幼馴染という事や男と女という事で冷やかされて

お互い付き合ったら?と周りに言われる関係の子。

僕は照れながらも、心の何処かでそれを願っていた気がする。

そして気が付けば、僕は成長し、

モラトリアムだか思春期だかいう存在に突入し、

更に気が付けば、1週間前の夕焼けの校舎で

彼女に告白していた記憶がある。

返事は確かイエス。

この時テンパってた僕は正直聞こえてなかったんだけど、

はっきりと覚えてるのは、その時の彼女の表情。

本当に嬉しそうな笑顔だった。

だが、そんな事も束の間って感じだった。

それから二日後、彼女が熱中症で倒れたと聞いた。

夏の熱気にやられたか、恋の熱気にやられたか、

その知らせを聞いて焦って彼女の家に行った僕は驚愕した。

畳の上で熱中症になった彼女が全快した時、

「夏だもんね。」

彼女はどうやら頭のネジが外れてしまったらしい。

そして人間、性格が変わると物腰も変わるらしい。

まず、天使の様に感じていた以前の彼女の微笑みは

何だかもう「にやそ」って感じになった。

ぼーっと日向ぼっこが好きだった彼女は

ぼーっと電波受信ごっこが好きになった。

お菓子作りが趣味で、よく料理を作ってくれた彼女は

『お菓子』作りが趣味の、よく毒薬を作ってくれる彼女になった。

手を握る時にも恥ずかしそうにしてた彼女は

リンゴを手で握りつぶすようになった。

でも、まぁどうしても昔の思い出とか彼女の声とか

そして彼女自身の見た目が変わってない事を考えると

急変した彼女の事を未だ好きな自分がいるわけなのだ。



「私は、思うわけですよ。」

本日四回目。

「・・・何が?」

「やっぱり、考えてもわからない事はあるんだよ。って」

「それはそうだね。」

「私達の名前って、何なんだろうね。」

「さっきから、それを考えてたの・・・?」

「夏だもんね。」

そう言って、彼女は一瞬だけ昔のようににっこりと微笑んだ。


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