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頭には跳ねっ毛。髪は肩に届くくらいの黒セミロング。

目はたれ目で二重、まぁ可愛い少女がいた。

諸事情により、彼女との関係は省くが

まぁご自由に邪推してくれて構わない。

彼女が何か聞いていた。



「手を伸ばしたら〜届きそうで〜」

むしろ歌ってた。

僕の部屋でくつろぎながら、イヤホンをつけて、口ずさむように歌っていた。

こういうのを聞いていると、やはり姉妹なんだなぁと思ってしまう。

いや、こちらが姉であちらが妹だからその理論は逆なのだが。

こういうのを鶏が先か、卵が先か、というやつなのだろうか。

……絶対違うな。

「お邪魔してるよ」

「あ、うん」

わざわざ挨拶するなんて、なにか機嫌でもいいのだろうか。

それともそんなに礼儀のある彼女だっただろうか。

そう思ってしまう自分が少しだけ悲しかった。

「この歌、懐かしいんだよ」

そう言って彼女が見せたのは、僕らが小さかった頃の合唱祭のカセットケース。

そんなのを聞いていたのか、と思った。

ほんのりと暖かい気持ちになりながら。



「聞くといいよ、特にこの歌」

僕にイヤホンの片方を提供してくれた。

そこで聞こえたのは僕と彼女が昔いたクラスでの合唱曲。

皆の声が響いていた。

懐かしいな、とそんな言葉さえ口に出す気にならなかった。

なんとなく最後まで喋らずに聞いていたい、とそう思ったからだ。

「この、張り切ってる声、目立ってるんだよ」

そう思った矢先に、彼女が語りかけてきた。

聞こえてくる皆の声の中に、妙に張り切って響いている声があった。

誰だ、聞き覚えがない奴だな、と思って彼女の視線を見た。

それは嬉しそうに僕を見ていた。

……この声は僕なのだろうか。

「結構、自分の声ってわからないものなんだよ」

どうやらそうらしい。

でも、こんなに張り切っている自分が少し恥ずかしかった。

皆にどう思われてたんだろう、とかそんな些細な事が今になって気になった。



「はは、恥ずかしいな」

曲が終わって、僕はそう呟いていた。

「そうかな?」

「まぁ、自分の声が目立って響いてたわけだし」

「別に恥ずかしがることじゃないよ」

そう答える彼女の表情は、いつもより少しだけ真面目だった気がした。

「音を外してた、訳じゃないと思うけど……なんだか出すぎっていうか」

その恥ずかしさというか、照れ隠しというか。

なんとも上手く表現出来なかった感情を何とか表現しようとしてみた。

「大丈夫、真面目に頑張ってる人を笑う人なんていないよ」

彼女の表情は、少しだけ、じゃなくてとても真面目だったとその時に気付いた。

「そういうひたむきな姿はね、凄く輝いてるんだよ、誰かの憧れになるくらい」

彼女が僕に何を伝えようとしているのか。

それを僕はなんとなく感じ取った。

「誇ることはしなくていいかもしれないけど、恥じることなんてないよ」

そして優しく笑いかけてくれた。

心から綺麗だと思える、そんな笑顔だった。

「ありがとう」

僕も精一杯の笑顔で返していた。





「歌ってみようよ、久しぶりに」

彼女の提案に、僕は頷いた。

いつもならただの思いつきだと一蹴するのかもしれないけど、

今だけは彼女が真面目に言ってるような気がしたから。

「じゃあ、二人だけの合唱際だよ」



そして小さな家に、大きな声と小さな声の歌が響いた。



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