日常のヒトコマ

コトコト、コトコト―――
鍋の煮える音が聞こえる。
日は既に西に傾き、部屋の窓から見える空は赤く染まり、明日もきっと晴れるであろうことを示している。
「高い部屋。」
窓の外を見てつぶやいてみる。
街の郊外に建てられたこのマンションは、建築当初は地域住民からかなり問題視された建物でもある。
日照権、移住してくる人々、それらに伴う弊害、etc、etc。
そういったの問題をかいくぐり、これは遂に建てられ、まるで元からの地域住民をあざ笑うかのような圧倒的な存在感を表している。
そこから見下ろす景色は、残酷なまでに綺麗で、だからこそこれほどまでに汚れていると感じるのは私だけだろうか。
あるいは高いところが美しいと感じること自体が、何か嫌悪という感情を隠すための一種の装置として働いているのだろうか。
それにしても、
「なんか部屋暑くない?」
真夏ではあるものの、ここは室内である。まして文明の利器である種々の物が作用している部屋で、暑いなどということはあってはいけない。
私はぐるりと部屋を見渡す。
窓、よし。
扇風機、ついてる。
エアコン、快調。
鍋、よし。

・・・鍋?
「奏ちゃん、なに、それ?」
私はおずおずと台所の主に尋ねてみる。
「何ってキムチ鍋よー。」
高めで陽気な声が返ってくる。
「ひかりちゃん、手伝ってくれるの?」
台所から覗く顔は幼さがまだ残っているようにも見えた。中学生に上がるときには既に成長が止まっていたのではないかと思うほど身長は低く、着ているエプロンにはひよこまで縫いこんである。
「じゃーもう出来るからお皿を並べてくれる?」
奏ちゃんは、ガスコンロの火を止める。
「ついでに卓上コンロも出して、これ移動しといてくれると助かるなぁ」
これ、と言いながらお玉でナベの縁をコンコンと叩く。
するりとエプロンを脱ぐと、彼女は隣の部屋へとパタパタと駆け込んで行った。
相変わらずよく動き回る人だ。隣の部屋から楽しそうな話声が聞こえる。きっと兄とまたいちゃいちゃしてるに違いない。私は窓からそっと離れると、与えられた仕事をこなしに台所に向かった。



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