10
その二人のことが、なぜか今なら鮮明に分かる。
僕の幼馴染の加夜美津子と長谷と仲の良かった柳沢。
さっきまで名前も忘れていたくらいだったのに、長谷に鈍器でめったうちにされ変わり果ててしまった今、
なぜかはっきりと加夜と柳沢だと分かったのだった。
唖然としている僕たちの前で、二人はぴたりと動きを止めた。
二人とも夥しい量の血を体のあちこちから流し、ドス黒い大きな痣をいくつもつくり、
腕はあらぬほうに曲がり、頭や顔はへこみ、肉が見えていた。
「すごく痛かったから、私必死で腕でかばったんだよ」
心臓が止まりそうだった。
加夜はさも当然かのように話始めた。
彼女の声はくぐもっていたものの、生前のそれとほとんど変わらなかった。
「だけど長谷くん、殴るのやめてくれなかったの。私本当に痛かったんだよ」
「僕もあいつは友達だと思っていたんだ。なのにあんなにめちゃくちゃに殴られたんだぜ」
柳沢も話し始めたが、彼の声もぼくの良く知っている彼の声だった。
「ねえ、私たちも仲間に入れてよ。私たちも生きてここから出たいの」
加夜が何を言っているのか、僕は全く分からなかった。
「生きて……って、二人ともは長谷に殺されたんじゃ……」
僕は思わずそう口走っていた。
いや、そんなこという必要はあったのか。
目の前の二人の体はどう見ても生きて動けるような状態ではない。
「長谷、あいつ死んだんだってな」
「東くんと、春日さんに殺されたんだってね。かわいそうに」
柳沢と加夜は僕の会話に答えずに、東のほうを見て静かに言った。
小田がハッと東のほうを向いたのが分かった。
そうだ、あのとき小田は現場にいなかったのだ。
東はキッと目の前の二人をにらんだが、二人は気にした風ではなかった。
「でもね、長谷くんも死んでないんだよ、私たちみたいに」
二人はあくまで死んでいるつもりではないらしい。
そして今の口ぶりからすると、長谷もこの二人のように動く死体になっているのだろうか。
「それでね、長谷くんも私たちのところに来るんだよ」
加夜はうれしそうに言った。
「ううん、長谷くんだけじゃなくて、みんな来るんだよ。
そしたらまたみんな一緒になれるね」
加夜のうれしそうな様子とは反対に、東と小田は青ざめていた。
いや、きっと僕も同じような顔色なのだろう。
だってさっきからこんなにも嫌な汗が止まらないんだ。
「だから、ね?一緒に」
ふらりと加夜が動き出す。僕たちは1歩後ずさった。
「一緒に、一緒に死のうよおおおおおおおおおおおおおおおお」
次の瞬間、加夜がこちらへむけて突っこんできた。
手にはカッターナイフが握られている。
この状況下で狙われたのは僕だった。
「幼馴染みのヨシミだよ。早く仲間になって、っよ!」
一閃、そう呼ぶのに相応しい速さでカッターが振られる。
それをかろうじてかわすと後ろへとバックステップを踏んだ。
しかし加夜は一撃で攻撃の手を休めてくれたりはしない。
カッターを振り切る直前、足を更に踏み込ませ、突きを放ってくる。
こちらは春日さんを背負っているためいつまでも逃げられる訳ではない。
早くも服が破れ皮膚に血がにじみ始めている。
一方、東の方も柳沢が襲い掛かってきていた。
柳沢は学生鞄を振り回している。
東は小田と息を合わせてなんとか鞄を避けている。
振り回された鞄は床や壁などと激突してはやけに鈍い音を放っている。
あれを受け止めたら確実に骨を持っていかれるだろう。
「一旦逃げるぞ!」
東がそう叫んだ。
現状では正しい判断だろう。
なす術も持たずに加夜達から反転、僕らは1階へと向かった。
階段を落ちるようにして駆け下りると、そこには別の人物が待ち受けていた。
「よう、東、さっきはよくもやってくれたな」
片目が潰れ、腹から血を流して立っていたのは長谷だった。
「新谷、腕を返してくれたんだな、ありがとう。おかげで調子がいいよ」
両の腕が肩から変に接合されているのは、さっき死んだはずの佐藤だった。
2人はにやにやしながらこちらを見つめている。
「この体はやたらと気持ちがいいなぁ、お前達も興味がないか?」
ぐちゅ、という音を立てながら、長谷は自分の内臓を撫で回した。
「お前ら!正気に戻れよ」
必死に呼びかけてみるものの彼らは首をかしげただけだった。
「ここでは、お前らのほうが正気じゃないぜ?」
へへへ、という笑い声がする。
ひた、ひた。
と、後ろからは加夜と柳沢が追いついてきた。
「絶体絶命ってやつか」
僕達は背中合わせで元仲間と対峙した。
「東!新谷!俺と春日なんて置いて逃げろ!」
「馬鹿をいうな、置いていけるわけないだろ」
あまりの小田の言葉に反論をする。
「そうだよ、みんな仲良く死ぬのが一番だよ」
「お前らも早く仲間になってくれよ」
目の前の2人、加夜と柳沢は誘うように囁いた。
「ここではすべてが永遠だよ?いつまでもみんな一緒にいられるの」
加夜はうっとりとした表情をしている。
改めて思った。ここではもう現実を救いようがないということを。
「それでも、」
俯いたまま呟く。心の中にあるものを。それは吐き出されることによって、力強いものへと変わっていく。
「それでも僕は」
奥歯をかみ締めて前を向く。一粒の雫が目元からこぼれた。
「みんなと生きていたい!毎日を楽しく過ごして、平凡でもいいから、笑いあって、たまには喧嘩があったっていい。
それでもみんなといられる、日常が欲しい!だから、死ねない。死ぬものか!」
言い切ってまた下を向いた。必死に考えるために。ここから出る方法を、今できる最善の方法を。
「それがお前の答えか」
長谷が後ろから問いかけてくる。
首を小さく縦に振るだけでそれに答える。
「そうか」
佐藤はそれに続いた。悲しそうな色合いを含んだ呟きは闇の中へ吸い込まれていく。
「でもね、死んでもらうの!」
加夜の声と共に周りの4人が同時に動き出した。
考えがまとまっていない僕は予想される展開に思わずぎゅっと目をつぶった。
しかし、予想された展開はいつまでまってもやってこなかった。
ゆっくりと目をあけて見ると、そこには加夜と柳沢を必死に止めている、長谷と佐藤の姿があった。
「言っただろう?狂ってないって」
長谷は残った目でウインクをする。
「行け!ここは俺達が食い止める!」
どうしてだかわからない。彼らはもう死んでいるのだ。
僕らを守ることなどありえないはずである。
頭の回転がついていかないなか東に手を引かれた。
「……っ!」
急に体が引っ張られてバランスを崩しかける。
「早く!」
短い叫びが聞こえた。
あぁ、そういう事なんだな。
僕は、いや、僕達は全力で駆けた。
疲れなんてもうわからない位に、全力で、背中に感じる何かを振り落とすように。
「じゃあな」
その振り落としたはず方向から、最後に懐かしい声が聞こえてきた気がした。
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