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「それじゃあ、ノートを集めるか」
東は廊下の壁を見つめながらぼそりと言った。
「うん」
そうだ、このゲームを止めるにはそうするしかない。
東は自分を奮い立たせて僕らの間にあった沈黙を破った。
僕たちの沈黙は春日さんのことを考えていたからだ。
けれどその沈黙は途中からノート集めのことを
言い出せないからという理由に変わっていたと思う。
あんなに罠だらけのところを探すいい方法なんて
何も思い浮かびはしなかったから。
けれどやらなくてはならない。
何をしたらいいか分からない絶望感は、多くの犠牲の果てに、
困難な事態に直面した絶望感に変わっていた。
今残っているのは僕と東だけだ。
いや、まだ合流してないけれど生きている奴もいるのだろうか。
頭の中に霞がかかったようになっていて
初めにいた友人の人数や顔や名前を正確に思い出せない。
しかしどのみち多くの友人を失った今、この理不尽な恐怖に
立ち向かえるのは僕と東しかいないと考えたほうがいい。
「まずは一番近くの校長室から調べよう」
今は前に進むしかない。
「そうだな、なんとかして中を調べるか」
東も真剣な眼差しで校長室を見つめながらうなずいた。
校長室のドアを開ける。
扉のすぐ入った床に突き刺さったいくつものナイフ。
本棚から突き出た槍と刃先にこびりついた血。
机の前を突き破って飛び出している赤く染まった巨大な鋏。
その他様々な刃物が床や壁に刺さっていたりと、
いくつもの発動した罠と床や壁に飛び散る血とが見受けられた。
僕にメモをたくしたあいつがここを調べ怪我を負ったのだろう。
他の誰かが先に入っていた可能性もあるが、
どのみちこれだけの罠で傷つけられれば無事ではいまい。
この部屋全ての罠が発動しきったのかどうかは分からない。
しかし全く罠の発動していない部屋より安全なのは間違いないだろう。
「この部屋はもう調べられた後があるな。
 もしお前の持っているメモがここから見つけられたものだとしたら、この部屋を調べてももうなにも残ってないかもしれんぜ」
東が渋い顔をしながら言った。
「この部屋にもう何もないとしても、調べれば部屋ごとの法則とかが後々分かるかもしれないぜ」
慎重に行くなら、メモを急いで取ることより確実に部屋を攻略するほうが重要だと僕は思う。
しかし調べる部屋を増やすほど危険が増えていくのもまた事実ではあるが。
でも、やるしかないのだ。
それが、せめてもの弔いに繋がると信じて、生きることが僕らの仕事なんだ、と自分に言い聞かせながら。

2階からは全く手を付けられていないままの校長室が広がっていた。
だがしかし、僕らは怪我をすることがなかった。
1階から学び取ったことを生かしながら、僕達は慎重に進んでいった。
法則というのはやっぱり適用されるもので、部屋の中で何かを触らなければ罠自体が発動するということもなく、
ゆっくりゆっくりと繰り返し注意をしながらメモを集めていった。
しかし、これといってヒントになるようなものが出てくるわけでもなく、2階の探索は終了した。
更に上の階へ上り、校長室と書かれた所を順次調べていった。
「これ、全部集まるのだろうか」
唐突に東がつぶやく。
ちょうど3階の3つ目の部屋を調べ終えたばかりだった。
僕にも思い当たることがあった。
「誰か、他に生きてないのかな。」
ふっと思い立って東に尋ねてみる。
さぁな、と東は首を振った。
「オダなら、あいつならきっと」
東がつぶやく。
しかし、確かめるすべなど今の僕らが持っているわけもなく、ただ次の部屋へ向かうことしか出来なかった。





オダと呼ばれた少年は、屋上に出ていた。
先ほどの「もくじ」をいち早く見つけたのがオダであった。
そう、彼はまだ生きていた。
本を探そうとせず、安全な場所を見つけようとして、結局彼は最上階にたどり着いたのであった。
「結局ここもあまり安全とは言えそうにないなぁ」
空を見上げて一人つぶやいた。
雲ひとつ無い夜空である。加えて周囲にあるはずの民家からは明かりひとつもれていなかった。
ゆえに満天の星空が広がっており、かなり高いところには不気味な、沈んだオレンジ色の月が静かに輝いていた。
ふっと音が聞こえた。
いや、なくなった音が戻ったというべきであろうか、今日彼にとって2回目となる澄んだ金属の音がしゃらんと響いた。
「あなたは、どうして何もしないの」
そう尋ねたのは、黒い服を着た、白いワンピースの少女と瓜二つの女の子であった。
「ん?」
オダがゆっくりと姿勢を変える。
「キミが、ここの元凶かい?」
冷徹な瞳は首を縦に振った瞬間に全てを終わらせてあげようと訴えている。
だがしかし、少女は首を横に振った。
「半分はハズレ。やったのは私じゃないから」
「じゃあキミは」
「ついて、くる?」
質問をしようとした矢先に見事に矛先を変えられた。
ふっと一息つく。
「キミがついておいで」
そういうと、オダは校舎への扉に向かって歩き始める。
しゃらん、と音がなり、黒服の女の子は後から付いて歩き始めた。



3階の残り一部屋は校長室ではなかった。
移動教室のひとつであるそこには「音楽室」とかかれており、扉には今までとは違う重圧が放たれていた。
「ふむ、なんだろうねここは」
偶然とでもいうのか、新谷達よりもそこを早く見つけたのはまたもオダだった。
「何も、聞かないの?」
その後ろから付いて来た少女はオダに二回目の同じ質問をした。
「何を聞けばいいのかな、それに聞いたら何か解決するのかな」
責めるような、それでいて諭すような質問をオダはぶつけていた。
「……意地悪な人」
そんな扱いを受けたからなのか、それとも立場を失ったからなのか、そう少女は呟いた。
「どうして何もしないかっていう質問だったね、そういえば」
その音楽室のドアに手をかけたまま、オダは答えた。
「自分は現実主義者、というかリアリストという奴だからね」
ガゴッという音がした。どうやらドアが閉まっていたようだ。
「自分の身の安全とか、今はそういうのにしか興味が無いんだ」
そしてそのドアにも興味を失ったように歩き出す。
「キミも色々と知ってるみたいだけど……無事帰れるような情報以外なら、別に要らない」
それは暗にそういうことは知らないのだろうという態度の現われにも見えた。
「……」
少女は、呆れたような驚いたような、怪訝な表情になった。
「それならそれでもいいのだけれど」
そっぽを向きつつ、彼女は口を開いていた。
その心中では、まさか情報を提供出来る自分が、
話したければ話すといい、という態度を取られるなんて
という悔しさに似た気持ちが彼女の中で渦巻いていた。
気がついたら、オダは音楽室のドアを開けて、中の様子見をしていた。
「何かありそうだけど……さて、どうしたものかな」
隣の少女に聞こえるように呟く。
実はそれは彼なりの質問の形だったのだが、傍から見るとただの自問にしか見えないのが
多少悲しいものがあった。



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