8
「え、小田君……だよね?」
いつの間に現れたのか、彼の後ろから声がした。
「キミは……」
その姿を見て彼は多少安心した。
「春日さんか、びっくりしたよ」
「小田君がびっくりするなんて言葉を使うのって、珍しいかも」
彼女はいつも通りの笑顔を見せながらそう言った。
「それと、他に誰かいるの……?」
そう言って、彼女は辺りを見回す。
「ん、どういう事だ?」
「さっきまで、誰かと話してなかった?」
「……」
その言葉を受けて、彼も辺りを見る。
黒服の女の子は、気がついたら居なくなっていた。
どこかへ行ってしまったのか、彼はそんな事を悠長に思う。
気が向いたらまた逢えるだろう。
ここに来てから殺しあうような惨劇を直接目にしてない彼にとって、
楽天家ともいえるようなそんな発想は決しておかしなことではなかった。
だがもう少し話を聞いておけば良かったかなと思うのは、
一種の後悔に似た何かだったのかもしれない。
「どうやらはぐれた、みたいだな」
そして彼は、屋上からの事を彼女に話した。
「そう、なんだ」
そして不思議そうな表情を浮かべる。
「春日さんは、今まで何を?」
彼はその質問をしてから、またも自分らしからぬ質問をしてしまったと思った。
他人の動向なんて知った所で、特に何が変わる事も無いと言うのに。
「私は……」
少しの沈黙の後に、
「東君に、殺されかけて、逃げてきたの」
喋った言葉は、廊下に響いた。
話し声が聞こえたような気がした。
「今、聞こえたよな?」
隣の東が言う。
それに頷いた。
「行こうか」
そう言い終わる前に
「―待って」
言葉が被さった。
その方向を見る。
黒服の少女が、僕達を見ていた。
そのシルエットは、何処かで見たことがあるような気がした。
「あっちは、危険」
その少女は訴えるように僕達を止めた。
その言葉に悪意は見られなかった。
歪な笑みを浮かべていたあの少女とはまた別の、何かだった。
僕はどうすればいいのか、隣の東を見た。
その瞬間、ゾッとした。
憎悪、憤怒、言いようの無い表情を浮かべていた。
何故お前は、そんな表情をしているんだ?
そして東は何かを取り出しながら言った。
「危険なのは、お前の方だ」
その言葉が終わる頃には、東は少女の目前に立っていた。
手を振り下ろした、何かを握ってるのが見えた。
僕と一緒に行動していた、アイツを殺したその武器が見えた。
「……ぁ」
その包丁は、少女に深々と刺さっていた。
目の錯覚だったのだろうか、少女は霧散するように消えた。
カコンと音を立てて、刺さっていたはずの包丁が落ちた。
「何、を?」
口からそれだけ出した。
「白い奴にそっくりだった、奴らは二人いたのか、は、はは、はははははは」
頭を整理させるように、機械のように喋って東は笑った。
「やったぞ新谷、半分殺した!……殺した、んだよな?だよ、な!?」
「あ、あぁ……」
その表情はまるで、その東が殺した、そう、アイツだ、長谷を思い出してしまった。
そして僕は思った。
長谷を殺したのは東、東と一緒に居た春日さんは居ない。
さっきの少女を殺したのも東、残ったのは白い少女。
コイツと、東といて、僕は大丈夫なのだろうか……?
僕は何か、凄く大切な何かを見落としてる気がした。
もしかしたら、今までの事は間違いをしていたのではないか。
何故かそう思ってしまった。
「それは本当かい……?」
小田は驚きに目を見開いていた。
「うん。長谷くんも東くんに殺されちゃったの……」
春日さんは悲しそうにそう告げた。
「どうなってるんだ……」
小田にとって彼女の発言は衝撃に他ならなかった。
散り散りになったであろう仲間は、合流し脱出するため動いている、とオダは考えていた。
校長室や廊下のところどころにあった夥しい量の血は、
気が狂った何者かに、あるいはそいつの罠に仲間がやられてできたものだと思っていた。
そう、恐らく自分以外の何人かは合流し協力しているはずで、運が良ければそこに合流できるかもしれない。
そんな風に考えていたのだ。
しかし仲間内で殺し合いが起こっているのだったら、話は別である。
仲間に出会ったとして戦闘になるかもしれない。
そういう意味では、たまたま遭遇したのが春日さんで運が良かった。
これが東だったら、何も知らない僕は近づいて殺されていたのかもしれないのだ。
かつての仲間に殺される。なんともやりきれない話だった。
「春日さん、東と長谷以外の誰かに会った?」
一体いまは何人が生き残っているのだろう?
「あとは新谷くんに」
新谷。あいつならそう簡単には死ななそうだ。
「新谷はまだ殺されていないのかい?」
もしあいつがまだ生きているとしたら、現時点で4人は生き残っていると考えられる。
「うん。東くんに殺されそうになってたけど、私たちバラバラになって……」
長谷と新谷と春日さんが一緒にいて、そこを東に襲撃された、ということだろうか。
「そうか……春日さんが無事でなによりだったよ」
「私も、このまま一人だったらどうしようかなって」
春日さんは微笑んだ。
長谷のものだろうか。
返り血を服や顔に浴びた春日さんは、非常灯の光に照らされて妙に綺麗だった。
まるで何か大事なことを決行した後かのようなすがすがしいとまで言える微笑みである。
特に右肘から先、腕、中指までと滴っている血が幾筋と現れており斑模様を生み出し非現実的な、
左右で非対称の美しさをかもし出している。
「聞いていいかい?」
ボクは悲しそうに俯いたまま、春日さんに質問をする。
え、と彼女は詰まった声を上げる。
何かあるな、とボクは思った。
「その血は長谷のもの?」
「えぇ」
彼女が頷く。
「目の前で、あまりにも唐突な出来事だったの」
彼女はゆっくりと答える。
あいつはどうして、という気持ちが強くなり、ボクは春日さんに次の質問をする。
「長谷はどうやって殺されたんだい?」
続け様に出された質問に、春日さんは目を伏せた。
「長谷君は」
彼女は震える唇で懸命に言葉を紡ごうとする。
一回大きく息を吸うと、一息に、吐き出すようにして答えた。
「長谷君は、包丁で、一突きにされたのよ」
あぁ、やはり。ボクはそう思うことしか出来なかった。
思い直して見ると、不意打ちでも受けない限り長谷が死ぬはずがないからだ。
こんな時に思い出すのはあいつの笑顔だった。
長谷はいつでも思ったことを忠実にこなしていくタイプだった。
楽しい、あいつがそう思えることはいつも実行していた。
多少強引な所もあったが、彼なりによく考えて、みんなを不快にさせないようにも努めていた。
その時の最善の行動、とまではいかないものの考えたことは必ず口に出していたし、
みんなで話し合った後も、真っ先に動き出すのが長谷であった。
そう、今日の花火大会を企画したのも長谷である。
勿論、行動派である長谷はそれなりに体力もあったし、腕力だって東に負けていないはずだ。
そんな彼が死んだとしたら、それこそ一撃でもない限りは考えられない。
考えることを必死に行っている、ボクや新谷とは大違いだ、とも思った。
しかし、今回の場合の東の行動も考えられないでもなかった。
あいつも長谷に近く、体を動かすことが好きで、よく放課などに長谷などとつるんで校内を走り回っていた。
でも思い込んだら東の場合は止らないところがあった。
誰かが喧嘩をした、などと聞くとどちらが悪いとも関係なしに、
一方的に友人をかばい立てるという場面も1度や2度ではなかった。
長谷を憎んでいたということはないにしろ、東の恐怖心を駆り立てる何かあったのだろう。
ボクは思わず上を向いた。
救われない世界だな、と改めて思ったのだ。
そして、ボクはひとつの賭けにでることにした。
「春日さん」
改めて彼女に向き直る。
「なに?オダくん」
彼女も考え事をしていたのだろう、俯いた顔をあげてこちらを見る。
「誰の為に鐘は鳴るの?」
そう、これは賭けだ、彼女が彼女であるための。
すべては既に始まっているのだ。
終わることが見えないゲームの時点で、ボクはすべてを試さなければならない。
可能性を、彼女を含めた、生きて帰るための道を。
そうして、ボクは鋭い目付きで彼女を見つめる。
[戻る]
[前へ]
[次へ]